2025/07/17
鴇地区の山ぶどう畑の日々の様子 「小坂ぶどう物語」

小坂ぶどう物語【やまぶどう系品種】new virsion2025
■灼熱の陽射しから小公子を救え――傘かけに込めた真夏の情熱
|梅雨の影響を受けず順調に肥大期を迎えた小公子。しかし薄皮ゆえの脆さは、これから訪れる猛暑が試練となる。傘かけの一枚一枚に宿る、鴇のブドウ農家たちの決意を追った。
梅雨の長雨に泣かされがちな東北の夏だが、今年の小坂町鴇地区は珍しく晴天続き。「小公子」は顆粒肥大期を迎え、青い実をふっくらと膨らませている。とはいえ薄皮のこの品種にとって、次に立ちはだかるのは猛暑と強い日差し。裂果や熱傷を防ぐべく、農家は朝から晩まで“傘かけ”と呼ばれる紙の帽子を一房ずつ丁寧に掛けていく。紙は雨滴をはじき、内部の温度を下げ、風だけを通して蒸れを防ぐ優れものだが、数千房に施す作業は過酷そのものだ。汗でシャツを濡らし、腕を真っ赤に焼きながら、それでも彼らは「秋に最高のワインを届けるため」と笑う。白い傘がリズム良く揺れる棚の下で、小さな王子たちは夏を凌ぎ、やがて深い紫紺へと装いを変える。鴇の高原性気候と昼夜の寒暖差を活かしつつ、傘かけは粒温を微調整する“見えない仕事”。その手間と情熱こそが、この土地の味を形づくっている。
成長日記 2024年7月16日 天候:晴れ
■灼熱の陽射しから小公子を救え――傘かけに込めた真夏の情熱
|梅雨の影響を受けず順調に肥大期を迎えた小公子。しかし薄皮ゆえの脆さは、これから訪れる猛暑が試練となる。傘かけの一枚一枚に宿る、鴇のブドウ農家たちの決意を追った。
秋田県小坂町鴇地区の圃場では、山ぶどう系品種「小公子」がいままさに顆粒肥大期を迎えている。例年であれば長雨と低温が生育を鈍らせ、病害の兆しにも神経を尖らせる時季だが、今年は梅雨前線が北上せず、ほとんど雨に見舞われなかった。そのおかげで、畑の空気は清々しく、草生栽培の絨毯の上を乾いた風がすり抜ける。葉裏を覗けば、青く膨らみ始めた粒の一つひとつが陽光を浴び、健やかな呼吸音まで聞こえてきそうだ。
もっとも、雨が少なかったことは喜ばしい一方で、これから襲い来る猛暑は薄皮の小公子にとって大きな脅威となる。強い紫外線に炙られれば、皮が裂け、果汁が一気に流れ出してしまう。日射と熱から実を守る――その唯一にして最良の方法が「傘かけ」だ。通称“ハット”とも呼ばれるこの資材は、二枚重ねの紙を折り込み、房全体を覆うように吊り下げる。紙の隙間から風だけを通し、水滴や輻射熱を跳ね返す。白い紙帽子が連なる棚は、遠目には雪洞のようにも見え、夏の畑に幻想的なリズムを刻む。
作業は一見単純だが、真昼の炎天下での連続作業は体力を容赦なく奪う。房の形を崩さぬよう慎重に持ち上げ、紙の端を枝に絡ませ、最後にホチキスで軽く留める。細かな手作業を何千房も続けるうち、腕は鉛のように重くなり、背筋から汗が滝のように滴り落ちる。それでも農家たちは手を止めない。一房でも多く、小公子の魅力を最高の形で届けたい――その思いが、紙の一枚一枚に折り込まれていく。
鴇地区は爽やかな高原性気候に加え、朝晩の寒暖差が大きい。夜間に気温が下がることで果実呼吸が抑えられ、糖と酸のバランスが緻密に保たれる。この豊かなテロワールを最大限に活かすためにも、傘かけによる粒温のコントロールは欠かせない。農家は気象データとにらめっこしながら、葉面散布や除葉のタイミングを細かく調整し、日射と通風の黄金比を探り続けている。
早朝から始まった傘かけは、午後の強い日差しが傾く頃ようやく区画の半分を終えた。見渡せば、白い三角帽子に守られた小公子が、まるで涼やかな木陰で休む子どものように微笑んでいる。鴇の夏はまだこれからが本番だ。傘かけという“傘”に守られた小さな王子たちが、秋には深い紫紺へと色付き、濃密な酸と豊かな香りを湛えたワインへと生まれ変わる。その日を夢見て、農家の汗は今日も静かに畑の土へ染み込んでいく。




成長日記 2024年6月12日 天候:曇り
秋田県小坂町鴇(とき)地区のぶどう園では、朝から肌寒い空気が広がる一日となった。雨の気配こそないものの、低く垂れ込めた鉛色の雲が空一面を覆い、例年よりもやや遅れた季節の歩みに、栽培現場も慎重な対応を求められています。
本日の作業は、開花を間近に控えた「誘引」。展葉の進んだ新梢(しんしょう)をワイヤーへ整列・固定し、日照と通風を確保することで、光合成効率と病害リスクの抑制を図る極めて重要な工程であります。とりわけ鴇地区のように冷涼な気候条件下では、開花から結実へのスムーズな移行を促すためにも、この時期の管理精度が収量や品質を大きく左右します。
栽培者は、誘引専用の結束機を手に、一本一本の新梢の長さ・向き・節間を見極めながら、最適な位置にて結束を施していきます。乱れたままに放置すれば、重なりや陰りが生じ、果房の成熟不良やベト病・晩腐病などのリスクが高まるため、初期段階での樹冠形成こそが、のちの栽培管理の礎となります。
一見すると静寂な畑の風景だが、その一枝一枝に注がれる眼差しには、栽培者の経験と勘、そして秋の実りへの確かな展望が込められています。ぶどうは「つる性木本」であるがゆえに、放任すれば簡単にその秩序を失う。だからこそ、人の手によって方向性を与え、整えていく──それが誘引の本質です。
いま鴇の畑では、灰色の空の下、そんな目には見えにくい技術と意思が静かに積み重ねられています。数ヵ月後、この畑に豊潤な果実が実るとき、その礎がすでにこの時期に築かれていたことを思い出すのではないでしょうか。


成長日記 2024年5月16日 天候:晴れ
陽光を浴びて、力強く。小坂の大地が育む「小公子」、初夏の輝き。
久々に差し込むまぶしい陽射しのもと、小坂町・樹海農園では「小公子」の新芽がぐんぐんと伸びています。自然の力と人の手が響き合いながら、確かな実りへ向けて、成長の季節が始まりました。
5月中旬、小坂町にようやく訪れた暖かな陽射し。静かな樹海のなか、小坂七滝ワイナリーが育てる山ぶどう交配品種「小公子」が、まぶしい光を浴びながら、いきいきと葉を広げ始めました。力強い枝ぶりと小さくもしっかりとした新芽の姿は、長い冬を乗り越えた大地と、この土地に根ざした品種ならではの生命力を物語っています。
「小公子」は濃厚な色合いと豊かなポリフェノールを特徴とする、赤ワインにとって欠かせない存在。収穫はまだ先ですが、この時期の天候と丁寧な畑管理が、秋の仕上がりに直結します。
今日の陽気に、ほんの少しだけ未来のグラスが見えたような気がしました。この一枚の風景が、今年の一本へとつながっていきます。


成長日記 2024年4月9日 天候:晴れ
春の目覚め──葡萄畑に広がる命の兆し
早春の葡萄畑にて、ひときわ目を引くのが、剪定された枝の切り口からにじみ出る透明な樹液です。この光景は、ぶどう樹が冬の休眠期から目覚め、春に向けて活動を始めた証。気温の上昇とともに地中から水分を吸い上げ、その圧力によって樹液があふれ出してきます。
写真に写っているのは、ちょうどその樹液が滴る瞬間を捉えたもの。栽培家の指先がその切り口を指し示す様子からも、自然の変化への細やかな観察と愛情が感じられます。
この時期、畑全体が静かに、しかし確実に春の準備を始めています。冬の間に行われた剪定により、樹形は整えられ、今年の成長に向けた準備が整いました。そしてこの「樹液の涙」は、生命が再び巡り始めたサイン。栽培家にとっては、これが年間の栽培計画を具体化していくスタートラインとなります。
この春の初動を見逃さず、芽吹きの時期や枝の伸び具合、気温や湿度の変化など、さまざまな要素を観察しながら、一年をかけたぶどうづくりが本格的に始まっていきます。栽培家たちは、秋の収穫に向けて、畑に足を運び、一本一本のぶどうの木と対話を重ねる日々が始まるのです。
自然のリズムと調和しながら、一年の実りを見据えた第一歩。それが、今、畑で静かに、しかし確かな手応えとして感じられています。今年も良いぶどうが実るよう、丹精込めた栽培が始まっています。

